【2分で読める哲学】サルトル~人間は自由の刑に処せられている~

哲学
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サルトルってこんな人

名前:サルトル
時期:1905~1980年
出身:フランス

「人間は自由の刑に処せられている」と言った哲学者で有名。
自由とは、何が正しいのかわからなにのに、「好きにしろ」と放り出されてしまった不安定な状態なんだとサルトルは解釈しました。

例えば、神様がいて、「人間の真理はこれです」とか「あなたの生きる目的はこれです」と言ってくれれば、人間は何も悩む必要がなかったのに・・・と述べました。

では、結局どうすればいいの?
「人生において何をすべきか?」は誰も教えてくれない。
何が正しいか分からない中で、我々は日々、無理矢理決断して生きていかなければならない。
そして、その決断は「自由」であり、何を選んでもいい。
勉強してもいいし、ゲームのレベル上げしてもいいし、恋愛に溺れてもいいし、大学に行ってもいいし、行かなくてもいい。結局は自由。

だが、何が正しいか分からないなかで、選択しているのだから、年月が経つとぞっとしてるかもしれない。
「なんで私は、こんな仕事してるんだろ。なんで結婚しないでオジサン、オバサンになってるんだろ。もっと違う選択肢があったのに・・・」
でも、それは自分が決めた選択なので、誰にも文句は言えない。

では、その中でどうすべきかをサルトルは言います。
何が正しいのか分からないと言って、何ひとつ選ばずにただ無為に人生を消費して生きていくよりは、間違ってるかもしれないリスクを背負ってでも、何かを選んで生きた方がましだと・・・
つまり、人間は「自由の刑」という呪いを背負いながらも、それから目をそらさずに「決断」して強く生きていくべきだと主張しました。

TOLANDコメント

結局のところ、真理、自分の生まれてきた理由、本当の目的、すべきこと・・・
そんなのは分からない。
いずれ分かったとしても、少なくとも私が生きている間に解決することはないのかも・・・
真理を求めても良いが、ある程度のところで、見切りをつける必要があると感じました。
そして、もっとポジティブに、自分の本当に良いと思う事を選択して生きたと思います。
なんだかんだで、リスクをとらないように生きてきた気がします。
世間体や周りの事を中心に生きてきたのかも・・・
そもそも、何が真理なのか分からないので、我々が考えてるリスクなんかあって無いようなものなんですかね。
今回のサルトルの哲学は、結構刺さりましたね!
でわ! tolandの哲学の旅、まだまだ続くよ~^^

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